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「叱る」に「愛」 (パート4)

ときどき怒りすぎじゃないかなぁと感じる人がいる。


言葉でボカスカ、ボカスカ。
こちらの食欲まで失せてしまうようなエンドレスな叱り方を見かけることもある。


その子の心のタンクに人への「誹謗」の言葉が並々と注がれていく。


大人の中で、正しいことを言っているのだけど、言い方が厳しくて、言葉尻をあげつらわれ、生きにくくなってしまっている人もいる。


自分の思いを果すに言い方はかなり重要なことだと思う。


たとえば、おもらし。
トイレトレーニングのときのママは本当に大変だ。
しかし、一説には、排泄物について、幼少期に親にこっぴどく叱られた子は、将来、人の失敗を絶対に許せない人に育つという話がある。


だから、おもらしのときにはこんな風に言ってみる。
といいつつ、我が家のトイレトレーニングは昨年終了している。
そのときは「ボウケンジャー」という戦隊モノにはまっていて、わざと、そのシリーズのパンツばっかりを買ってきた。


そして、やっぱりおもらしをしたそのときに言うのである。
「あー、ボウケンジャー、ぼっこのおしっこで濡れちゃったー」
かなり、オーバーに、悲しそうに。
「いっぱいお顔にかかってお目目が開けられないよう」って言ってるよ。
「おしっこでお顔がピリピリ痛くなってきたって」「かわいそうだねぇ、悪いことをしちゃったねぇ」
「もう息ができないって」「ボウケンジャー、死んじゃうよ」
「もう、次の日曜日から会えないねぇ」「ぼっこのお友達もびっくりするよ」
「ぼっこのおしっこで死んじゃったんだーって、皆泣いちゃうよね」
「もう、おもらしやめとこっか!」「次からトイレでするか」
なんて言いつつ、10日でオムツが取れたのだ。


「叱られるから動く」ではさみしいと思う。
”コトの重要性(?)”を知り、”心で動く”ことが子どもを動かす近道なのだと思う。


ぼっこは大事な”お友達”である”ボウケンジャー”が自分の不注意で軽くやってしまったことで大変なことになったと、小さいなりに”一念発起”したのだ。


最後の方は「(ボウケンジャーは)ボクが守ってあげるんだよ」なんて、わけのわからないことを言っていた。
でも、その小さな心の芽生えは必ずぼっこを成長させてくれると思う。

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